それはとても長い時間のように感じた
ほんの10日間くらいのできごと
あまり選ばない席に座ってたばこをふかしていたわたしに
ライターの貸与をねだることばをかけたあなたは
薄暗く煙たい空間の中でも太陽だったようにおもえる
これは喫煙者にしか解り得ないことだと思うが
ふだんは他人に気安く話しかける(ましてや何かものを借りる)ことなど
ためらうような世の中でも、火がないという非常事態に限ってはそれができてしまうのだ
ニコチンの中毒性はほんとうにおそろしい
「よく会いますよね」
ありがとうのあと、ライターを差し出しながら太陽は歯をみせて笑んだ
正直あまりひとの顔なんてみていないし、おぼえないわたしは
その2分前まで彼の存在を知らないでいた
ただあまりにもその笑顔に惹かれてしまい、気付いたら
「そうですね」と嘘をついてしまっていたんだ
お互いの商売のはなしをすること、たったの20分あまり
しごとに戻ると立ち上がった彼は、ネームプレートを掲げながら
「覚えておいてくださいね」と言って手を振った
わすれないよ
また、話がしたい 知りたい もっと
あいたい
それからというもの、休憩時間はなるべく長い時間を喫煙室で過ごすようにした
いつも姿を探す あいたい、あいたい
その気持ちが神様に通じたのか、単純に運がいいのか
一日のうちの短い休憩時間に顔を合わせる確率はとても高く、
『縁』というものを感じずにはいられなかった
いつも限られた時間 だけどしあわせを感じる時間
その中で苦しい事実も知った
彼はお店のオープンングのヘルプで来ているということ
その任期はあと1週間ほどで終了してしまうということ
深入りはしちゃいけない
立ち入ってしまったら、さみしいきもちになるだけ
そう思わなきゃいけないことが、すでにさみしかった
たのしい しあわせ さみしい かなしい
相反する、感情
「飲みにでもいきたいですね」
そうは言っても、彼のしごとはびっくりするほど忙しい
毎日朝早く出勤して、終わるのは深夜
実現が不可能だからこその希望的な言葉のように思えた
それでも希望を捨てきれず、可能性を信じて
メールアドレスが書き込まれた名刺をにぎりしめ、実現を切に願った
時間がない
かなうことのないような想い
だからせめて、少しでも記憶に残れるように